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「永遠」考

7年前の夏のある日、吟遊詩人は言いました。


――あの日、永遠はないって言ったけれど、ほんとうはあるんだよ。いつかきみも、そのことに気がつくといいな。


『永遠』という言葉を聞くとき、かならず思い返す言葉がある。
これまた古い話になるのだけれど、Viciousという雑誌のインタビューでキリトが話していたPierrotの4thシングル『ラストレター』にまつわる話。

少し長くなりますが抜粋します(出典:『Vicious』1999.8(音楽専科社) p.25)。


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「『きっとまた逢えるから…』っていう“約束”の部分っていうのは、単純にまた物理的に対面できるとか、霊魂的に生まれ変わって“また逢える”とか、そういうこととはちょっと違うんですよ」

――え゙ぇーっ!? そうなんですかぁ?

「あそこに隠されてる感情のキーとしては、彼女からきた手紙――最後の手紙ではなく、検閲を通って、主人公が死に対する恐怖だったりに、ある意味ふんぎりをつけられるきっかけになった手紙。その内容は書いてないんですけど、それがキーになってるというか。それの内容によって、そこまでの踏ん切りがついたっていうか。あの内容が何だったのか、ということなんですよ」

――はい…。肉体的にでも、霊魂的にでもなく、“また逢える”という気持ちにさせた内容ですよね?

「うん。また余計わかんなくなるかもしれないですけど――」

――はい(笑)。

「なぜ辛いのか…。逆に…、も〜ううまく言葉でどういったらいいのかなぁ?(笑) 生きてるから辛いんですよ。彼女にとっても自分にとっても。彼女の中で今生きている主人公の存在ていうのに、やっと2年の月日を経て、精神的に別れる覚悟ができた、と。それは、辛い思いをしてた主人公の精神状態に、さらに追い打ちをかけてトドメを指すような、そっち側の内容なんですよ。励ましの内容だったりじゃなくて」

――えっ!? もしかしてその手紙には、“あなたよりも自分が先に死ぬ”とか書いてあったんですか?

「いや、死なない。彼女は生き続けますよ。う〜ん…。もっと前にさかのぼって、ふたりが一緒にいた最後の時に見せた笑顔でふんぎりがついたっていうか…、決意していたというか…。そこで死んでからなぜ“また逢える”という確信を持てるのかっていう」

――そう、そこなんですよね!

「ここまで言っちゃっていいのかなぁ?(苦笑) だから彼女の精神の中での彼の存在っていうのが、中途半端に生身で生きてて遠くにいるよりも、死ぬことでもっと近い存在になるってこと。それは死んだっていう知らせを聞いてからより確たるものになれるっていう意味での『また逢える…』っていう…」

――じゃあ『また逢える…』っていう言葉は、主人公と彼女が直接“また逢える”っていうことではない?

「そうですね、厳密に言えば、“彼女がまた僕に逢える”ってことかな」

――なんか余計頭の中が混乱して…(笑)。

「わかんなくなるでしょ?(笑) だから生きてる生身の体を持ってて、逢えない場所にいるってことのほうが辛いんですよ。その存在が消えることで――」

――あっ!! その存在が消えることで、より近い存在になる、と!!

「そう、自分の中にいる彼の存在っていうのがより確たるものになるっていう。一見何を言い出すのかっていうような言葉が、彼女からの手紙には書かれていたということ。彼の中にも、鎮座して動こうとしない彼女の存在に対しての感情の持って行き場がなかった、と。だけど彼は、それはそのままにしておいて、自分は修羅になるしかないんだっていうことで動いてた。だけどずっとその存在っていうのが重いし、辛いし、消せないしっていう状態が続いてた、と」

――なるほど!! あの小説を読んだ多くの人が、自分が死ぬことでもしかして戦争が終わるんじゃないかっていうわずかな希望にかけて、彼女を守るために死にに行ったのかなと思ったと思うんですけど…。

「もっと個人レベルですね。全体主義で動かないといけない背景の中でこそ、個人レベルでのやりとりっていうのがあるんですよ。あの文章を読んでもらって捉えたままでO.K.なんですけど、作った僕として提示する別の解釈としては、彼女の元に、より近くに帰って行ったっていう。“帰って行った”というよりも、進んでいったっていう感じ」

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ここでいう「小説」とは、4thシングル『ラストレター』に付属していたキリト著の短編小説のことです。

特攻隊員の「僕」が、「君」に宛てた手紙を懐に入れたまま出撃するその日の朝の光景。歌詞ではそこまでの背景は読みとりにくいのですが、小説を読んでから曲を聴くと、そういう物語が背景にあるとしか思えなくなる。

「きっとまた逢えるから」

という言葉が、歌詞でも小説でもキーになっています。

「永遠」について考えるとき、かならずといっていいほどこのインタビューを読み返したくなってしまう。それは、「永遠」が死(もしくは無)のあとにしか存在しない、ということを心に刻むためなのかもしれない。

5/17のamber gris仙台公演のとき、手鞠さんが「忘却」について話していて。詳細はライブレポに譲るとして、そのときに、「姿は見えなくなっても、amber grisの音楽はあなたのそばにいます」というようなことをおっしゃっておられて。「いつでも心に寄り添っている」というような表現もされていて。

それこそ、キリトの言っていた「彼女の元に、より近くに帰って行ったっていう。“帰って行った”というよりも、進んでいったっていう感じ」、「自分の中にいる彼の存在っていうのがより確たるものになる」ということではないか、と。

「彼」の姿がなくなるということは、「彼」の気持ちが変化することがないということ。変化しないからこそ、「彼女」は安心して自分の中の「彼」を想っていられる。もし変化があるとすれば、「彼女」の、「彼」への気持ちのほうで。

ああ、これってまさに、「君の中で生きる僕は その姿を変えてゆくのだろう それは僕の思惑とは違う形に …でも仕方の無い事だって受け入れなくちゃ」と“alone≠”で手鞠さんが歌っていることだ。


冒頭の吟遊詩人の言葉は、Ruvieの解散ライブのときの手鞠さんの言葉です。
あの日から約7年が過ぎて、わたしはようやく解散ライブのDVDを再生することができました。なつかしさと、記憶の断片が映像と合致したこと、そして、手負いの獣みたいな眼差しの手鞠さんを見て、自然と涙があふれてきて。

今のamber grisの手鞠さんはずいぶん穏やかな表情を浮かべるようになっていて、この7年の歳月が、とても良きものだったんだな、と思わせてくれる。
自戒のための自壊を選んだ7年前とは違い、amber grisを完成させるために死――解散――を選ぶ。ちゃんと、お別れの準備をしてその日を迎える。

人間で例えると、きっと「大往生」にあたると思うんです。その人生を全うして、満足して終わりを迎える。そのための、解散。

だから、悲しいんじゃなくて、寂しい。

これまでの楽曲、共有した時間、ライブの光景・情景と言葉。それらがこれからも糧になっていくのだと思う。だけど、これから新しいなにかをもらうことがなくなることが寂しい。


解散が発表されてから、ずっと書きたくてたまらなかったこと。このタイミングで書き残せてよかった。

5/27、この日の誕生花は白詰草。
白詰草の冠を脱ぎ捨てた彼らが、たどりつくのはきっと安寧の地。

それを、見届けに、そして見送りに行ってきます。

DOPES.のこととか

更新止まっているあいだにも、いくつかライブに足を運んでおりまして、気が付けば5月も中旬に差し掛かっておりました。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

バンギャル的にいろいろ起こりすぎていて、心理的にダメージ受けていたりする今日このごろです。

もうね、どーぷすさんの解散発表がね、地味に堪えていてですね…。
LiZの一日復活のときに、ようやく観ることができたDOPES.なのですが、ex.LiZの戒くんとりょうさんがthe Dopes、DOPES.と活動をしていることは知っていて、だけどなかなか聞く機会がなかったというか、勇気がなくて、そのまま今に至っていたDOPES.

そのとき、アンコール時に、ボーカルのNARUMIさんがファンの子たちにお説教していたのが印象的で、ああ、そんなに本心見せてくれるのか、と感じて、とても好感が持てて。

それから、とりあえずアルバム買って、前向きすぎる歌詞に励まされつつ、うっかり年末のイベントに足を運んでみたら、あまりの楽しさにクリティカルヒットしてしまい、残りの音源も集めてしまって今に至っています。
すべての音源聞き込んで、足を運んだライブが4/21の主催だったのですよ。

良い発表だと思いこんでいたんだけどね、うん…。

わたしがDOPES.に対して抱いている想いは、アドミニに対して抱いていた想いととてもよく似ている気がします。
前向きすぎるほど前向きで、だいじょうぶだよ、と、そっと背中を押してくれる明るさ。
聞いていると、おもわず頬が緩んでしまうような。

だから、ちょっと、今回の発表が余計にこたえてしまっている気がします。。。

とりあえず、現段階で発表されているDOPES.のスケジュール。

http://dopes-dhm.com/pc/schedule.html

足を運ぶ機会がありましたら、あたたかく見守っていただけたら、と思います。

バンギャル迷子

年末に入りまして、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
例年どおり、カウントダウンのため都内からこんにちは、な珂南です。

んと、28日に都内入りして、予定どおり、marder suitcase主催、DuelJewelのボーカル隼人さんの聖誕祭イベント、とこなして、本日は池袋EDGE主催の撃剣霊化SPです。
渋公にAUBE出るのになぜそちらではなくエッジ? というツッコミも聞こえてきそうですが、エッジです。

気がつけば、6月のワンマン以降、AUBEを観ていないわけで、最初はDollyとかぶってしまったから、という理由だったのですが、最近だと自分のモチベーションが下がっているんだな、ということを素直に認められるようになりました。
だって、がんばれば福岡ワンマン行けたのに、なんだかんだ理由をつけて行かなかったわけだから。

聞く音楽、自分を支えてくれる音楽、というのは自分の心境、環境に左右される、というのはやっぱりあると思うんです。

最近わたしを知った人はびっくりするかもしれないのだけれど、わたし、4〜5年前はメアやガゼットのライブにも行っていたんですよ。メアなんて、広島までだったら遠征していたし。

当時は彼らの音楽が必要で、元気をもらえていたり、救われていたりしたわけなのだけれど、人にはキャパシティというものがあって、だんだんキャパシティ内を占める、自分が必要とする音楽が変わっていって、聞かなくなってしまった。音源を追えなくなった、というのが一番大きな理由かな。

たぶん、AUBEに対しても、そういうことだと思う。太陽の果実、まだ聞けていないし、半年のブランクもライブに行くのを躊躇してしまう一因になってしまうほど、ついていけないだろうな、と感じてしまっている自分がいるから。

それと似た感じで、昨日のDuelイベントでも、メンバーとJewelryの絆の深さを感じてしまって、その信頼関係がすごくうらやましいな、と感じてしまった。

自然と、主体ではなく客体として、客観的に観ている自分に気づいてしまった。

たぶん、HolicになりきれないHolic予備軍であることと同じく、Duelに対してもわたしはJewelryになりきれないJewelry予備軍なんだろうな、と気づいて愕然としましたよ…。

たしかにそういう予兆はあったの。森羅万象で福岡出てるのに観に行かなかったし。

だけど、認めてしまえばこういうことなのかな、って。

そんな感じで、自分、非常にめんどくさいな、と思いつつ、バンギャル迷子に陥ってしまっているようです。

自分にとって、彼らの音楽が必要になったら、自然と聞きたい、ライブに行きたい、と感じるはずだと思っているので、しばらくは無理せず、聞きたい音楽を聴いて、行きたいライブに行こうと思います。
だから、来年から、行くライブが若干変わるかもね。

そんな年末。
今日は、DOPES.に元気をもらってきます。

ときにはこんなお話でも。

久しぶりにライブ予定以外で浮上してまいりました。
Dollyの夢の最果てを見届けて、若干、まだ、まどろみから覚めないでいます。夢見心地で、そのまま眠りへと落ちてしまいそうな、ゆらゆらただよう水面のよう。

しばらくは、自分のなかで独り占めしておきたい感情なので、こちらのことにはふれず、だけどリハビリ的になにか書きたいので、今回は、最近わたしが惚れ込んでしまったバンドさんのお話を。

ツイッターのほうでは幾度かつぶやいておりましたが、8月の漆黒のシンフォニー@埼玉会館で初めて目にした針槐(ハリエンジュ)。
演奏は3曲だったのにも関わらず、演奏された瞬間から、その世界に呑み込まれてしまった。90年代の、すこしなつかしいダークな雰囲気も、奏でられる音も、好み。だけどなにより、ボーカルの持つ力がすごかった。
しっかりと安定した歌声、まったく不快ではない、耳に溶け込んでいくようなシャウト、流れるような旋律。
心奪われて、目が離せなかった。圧倒された、という表現がぴったりかもしれない。
MCまったくなくって、バンド名がわからなくて歯痒くもあったのですが、彼らの世界には、それがひどく似合っていた。

それが、きっかけ。

漆黒の日って、物販、バンドマンさんが売り子されているところが多いから、物怖じして寄れないことが多いんですが、この日も、ライカとかにCDあるかな、とか、次回観るときに買えばいいか、と思っていたら、ひと月後に、まさかの解散発表。
もう、えーっ、って感じでしたよ。その後の日程も、平日が多かったり、Dollyとかぶったりして、どうしても観に行けなくて。

楽曲だけはどうしても手元に置いておきたい、と思って、入手できる音源すべて購入してみたら、だだハマりしているのが現在です。吐(はばき)さんの声が好きすぎる。針槐のコンセプトは「慕情」ということなのですが(Wikipedia参照…だったんですが、現在Wikiから消えた…? 針槐=ニセアカシアの花言葉が慕情らしいのです)、吐さんの歌詞は、ゆがんだ愛情が多いなぁ。狂気すらも含まれた、けれどまっすぐで、報われなくて、切ない愛情。
そして、前ボーカル・チヒロさんのときの楽曲も、聴けば聴くほど耳から離れないスルメ曲です。チヒロさん、男性だと知ってびっくりだよー。

針槐、もっと早く知ることができていたら、とも思うのですが、あのタイミングで観れたのはめぐりあわせだったのかな、と思います。あの世界に身を置くことができて、本当によかった。

先日、DollyのFC限前日に観た吐さんのセッションバンド、殻鳴(からなり)。調べてみたら、ギター・楽さん、ドラム・ヒロさん、って、あれ? 5人中3人が針槐メンバーなの…?

当日はそのこと知らずに行ったわけなのですが、あとで知ってびっくりしましたよ…。

だけどやっぱり、ライブで観るとステージに釘付けになってしまって圧倒される。そんなライブをされるバンドと出会えたことが、とてもうれしく思うのです。

対バンで観て気になっても、なかなかここまで惹かれるバンドさんっていなかったりするのだけれど、久しぶりにこんな感覚に陥って、どきどきしています。
吐さん、歌を辞めるつもりはない、とブログで書いていらっしゃったから、またあの世界にふれることができるのかと思うと、本当にうれしい。

そんな、わたしが惹きこまれてしまったバンドさんとボーカルさんのお話でした。


ちなみに、はばきさんのブログ遡っていたら、アンバーのことにふれてあって、もう…!(嬉)
http://ameblo.jp/straydog9/entry-11008829597.html

愛媛ご出身ということなので、はばきさん、Dollyも聴いてみませんか…?(何)





以下、youtubeさんより。
タイトルも、言葉遊びというか、こういう当て字でくるか、と思ったりする曲があります。

"影牢"
http://www.youtube.com/watch?v=ZY2u05W_DJo&feature=channel&list=UL

"君、死に賜う事無かれ"とか、"The defendant's confession"も、メロディがとても好き。"The defendant's〜"とか、サビがものすごく好きです。ぎゅっと締めつけられるような懐かしさがあって。

"君、死に賜う事無かれ"
http://www.youtube.com/watch?v=Y28C33QUGtQ&list=ULZY2u05W_DJo

"The defendant's confession"
http://www.youtube.com/watch?v=fcDpdqhl2Bk

もうすぐ7月ですね

おおっと、今月も下旬だと言うのに、気付いたらほとんど更新していなかった…。

はい、あいかわらず元気です、珂南です。
えっと、とりあえずレポ、できあがってないのはセトリだけでもあげるようにします。じゃないと溜まってく一方だね。

そうそう、先日発表されていたのですが、ex.アドミニの芥くんがシリアル主催のセッションに出るということで、うれしいかぎりです。まさか、こんなに早くステージで姿を観れることになるなんて!(すでに行く気、というよりすでに無理矢理休みをもぎとりましたすみません)

というかシリアル主催に紫遊たんと華威くんが出るのにもびっくりです。ここにびっきーか和音っちがいれば、元シリアルメンバー大集合だったのに!
脱退しても元のバンドと一緒のイベントに出るっていうのは、他盤ファンからしてもうれしいというか、希望だなぁ、と思います。多くは語らないけれど、ほら、いろいろあるから…(察してください)。

Administratorの4人の出す音が好き、と言いつつ、やっぱり芥くんの声が好きだし、芥くんが発するメッセージも好きなんですよね。だから、セッションで何の曲するんだろう、ってわくわくする反面、不安に思う部分がある。だって、もしアドミニの曲もやるとしたら、あの4人での演奏ではないのだもの。

でも、なんだかんだ言ってても、その場にいることができるだけでうれしいんだろうな。

来月は、予定が少ないというよりもむしろ東京遠征がほとんどなので若干取捨選択をした感じです。…いくつか平日があるし、夏休みに差し掛かり各種交通機関が高いのでね(遠い目)。

そんな感じの7月目前。

Dollyのこと

http://dolly-web.com/pc/oshirase.shtml

昨日の夕刻のことですが、Dollyが2012年をもって、活動休止することを発表しました。


……いつかは来ることだとわかってはいるつもりだったけれど、眼前に突き付けられると、苦しくてたまらないよ…。

だけどそれ以上に、みったまの言葉が痛々しくて仕方がなかった。もういいよ、苦しまないで、って言ってあげたくなった。

なんだか、Raphelが活動休止を発表したときのことを思い出した。有紀くんが、「少しだけ羽を休めてもいいかな」って綴っていたときのことを。

最初はしっかりとコメント読み込むことができなかったんだけど、何度かメンバーコメントを読み返して、読み込めていくうちに、再活動の可能性を残してくれていることに救われる気がしました。
ゆいにゃんが体調崩して、トワイライトレールウェイツアーのファイナルの日本青年館に出られなかったあの日、「期限付きだから」と言って活動休止を発表したあの日とは違うのはわかっている。だけど、また4人で物語の続きを紡ぐ意志があること、それが、とても、うれしい。

ゆいにゃんが脱退したとき、それまで「5人でDolly」を強調していたバンドだったから、Dollyがなくなってしまうのではないか、ってすごく怖かった。
だけど、あれから2年半、ここまで活動を続けてくれたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。

アドミニのときにも感じたことだけど、やっぱり、最後に残るのは、今までたくさん幸せな感情をくれてありがとう、っていう気持ちだと思うんです。
だから、その気持ちを伝えられたらいいな、って。

来週、アドミニが解散してしまうこのタイミングで、またしてもこのような場面に直面してしまって、だからこそ、逆に気持ちを取り乱さずに済んでいるのかも、とも思うのだけれど。

Dollyがこのタイミングで発表してくれたのは、やっぱり優しさなんだろうな。

アドミニの解散が発表された2/16のあの日から、後悔しないようにと残りのライブに通ったわけなのだけれど、解散までの道を残してくれていたこと、本当にありがたかった。一本一本ライブが終わっていくにつれて、残りの時間が少ないことに気付かされる。それでも、メンバーと、アドミニファンの方々と、同じ場所で同じ時間を過ごすことができることはこんなにも幸せなことなんだ、って実感したんだ。

だから、Dollyが活動を止めるそのときまでの時間を半年以上取ってくれていることは本当にありがたい。
いったん区切りを付けてくれることも、共有できる時間をたくさん用意してくれていることも、本当に本当に。

だから、あのライブ行っておけばよかった、って過去を悔やまずに、素直に先を見ることができる。

できるだけ後悔を少なくするために、Dollyと、そしてセニョさんたちと過ごせる時間を大切にしよう、って。

2012年、本当に、忘れられない一年になりそうです。

レポ追加

さてさて、ひっそりライブレポ追加してみました。

・3/20 AUBE
 http://moon-faraway.jugem.jp/?eid=2334
・3/17 CLOSE to EDGE
 http://moon-faraway.jugem.jp/?eid=2335
・3/16 異形のパレード
 http://moon-faraway.jugem.jp/?eid=2336

アップの日付が遡っているのは、あとで見たときに日付順で並んでたほうが探しやすいかな、という個人的なこだわりで。なので4/2付とかになっています。

どこまで遡って書いていけるかしら…(時間と記憶との戦い)。

アドミニのことなど

すっかり更新が途絶えておりましたが元気です。
というかいろいろありすぎて、わけわからない状態になっております、スケジュール的に。

ご存知の方はご存知だと思うのですが、先月16日にアドミニが解散を発表しまして。
当初、3/31のロリヰタ主催のみ行く予定にしていたのですが、いてもたってもいられなくて、急遽18日のAREA観に行ったりとか、なんとか本数増やせないかな、と思って画策した結果、あとで後悔するぐらいなら、多少無理しても、残りのライブ全部行こう、とか決めてしまいまして、交通の手配したりとか年休予定ねじこんだりとか、いろいろやってました(微笑)。
仕事はね、わたしが通常比2〜3倍でがんばればいいだけの話なんだけど、ライブ日程だけはどうしようもないからね。
しかも、残りの本数が決まっていて、1本1本カウントダウンされていくのを黙って待っているのは嫌だったから。

正直、どうしてここまでアドミニのことが好きになっているのか、不思議だったりもします。
初めて観たときから気になってはいたんだけど、だからといって積極的に観に行っていたわけではなく。他のバンドさんの対バンとして観ていることが多かったのに。気が付いたら、目が離せなくって、微笑ましくてたまらなくなっていた。ゆっくりゆっくり、たとえるならばそれはまるで、淡い恋をするかのように好きになっていったバンドがアドミニだったんだと思います。

今までも何度か書いていると思うのですが、私がアドミニを初めて観たのは、LiZが出ていた桜華乱舞@福岡DRUM SON。そのときのLiZは、年末で楽器隊2人の脱退と活休が決まっていた。
結局、その後LiZは9ヶ月ちょっと後に解散しちゃうんだけど、LiZがいたからアドミニに出会ったようなものなんです。
その後は、amber gris主催に対バンとして出ていたり、逆にアドミニ主催にamberが出ていたり、東京ミカエル。主催にamberとアドミニが出ていたり。amber grisがいたから観に行ったライブも多くて、amberのおかげでここまでアドミニが好きになった面もある、って思うと、ほんと、バンドとの出会いも不思議なものだなぁ、と思って仕方がありません。

「こんなことになるとわかっていたら いっそ出逢わなければよかったなんて 考えたりもしたけれどなぜかな 涙が止まらない」(Administrator"Promiss"より)

アドミニの曲って、励まされる曲と、切ない曲(主にドラムの龍さん作詞)と、無常な感じの曲とあるのだけれど、いまになって、歌詞のひとつひとつが刺さってたまらなくなったりします。

「たとえば今日で 世界が終わるとしても ただ絶望に嘆くなら 手を繋いでいよう 笑いあっていればこれも アリだと心の底から思える」(Administrator"Ace"より)

Aceはアドミニの初期のほうの曲なのですが、まさに今のアドミニってこれを体現しているのだと思います。解散発表したっていうのに、本当にライブが楽しくて仕方がないの。MCでも解散のことには触れないから、本当に解散なの? って思うこともあるんだけど、5/4はこの光景が理想で、きっときっとこれを目指しているんだと思う。

「マイナスの2乗はプラスって言うだろう ありったけの後悔を積み重ね 僕たちは歩きだす」(Administrator"Ace"より)

こういうところが、とても、とても好きだったりします。

残りのライブが東京だけなのが残念なのだけれど、現在のアドミニ、自信を持ってかっこいいと言える。
1本1本、カウントダウンが始まっているのはわかっているのに、ライブが楽しくって、はやく観たくてたまらない。矛盾。相反してる。わかってる。それでも愛しくてたまらない。

だから、5/4のそのときまで、私も必死で駆け抜けます。

4月12日

今年もまた、この日がやってきました。
もう5年になるんだね。

PIERROTについて、想うこともたくさんあるけれど、大好きだった気持ちは本当なのです。
そんな当時にじんわりと想いを馳せる。

そして、六十六年前に散っていった若者たちへ、想いを馳せる。

それが、私にとっての四月十二日。

延期だったり、中止だったり

続々とライブやインスト、音源発売日の延期や中止が発表される毎日です。
もちろん、決行されるのもあるだろうけれど、延期や中止のほうが目に付くね。

ツイッター上でも見かけたけれど、私も、そのどちらの判断も間違いではないと思う。
ライブハウスやミュージシャンはそれが仕事なのだから、中止や延期が続けば収入の途を断たれてしまう。
だから、ライブをするなら応援したいと思うし、社会情勢や移動に配慮して中止や延期を決めるのならば、受けとめたい。

とりあえず、行く予定だった先日のライブは、

11日→4/7延期(再度検討中)
12日→中止
13日→延期(日にち未定)

となっていたりします。
あとは、AUBEベルベ主催がどうなるかでしょうか。

地震に原発、どうか落ち着いてくれー。

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